また白紙を手に入れた話
大切なあなたへ
お元気していますか?
ここのところ滞在先のカナダ・バンクーバーは、寒い時は12〜13度と夏らしからぬ気候になってきています。暑い時と10度くらいの差があるので、ほっこりとした暖かさを求める、不思議な生活が始まりました。
自分を構成しているのは自分自身が一番強いと感じる時もありますが(特に東京にいる時は本当にそう思います)、ここに来てみると環境が与える力もやはり強いと感じます。
優しい人々と自然に囲まれたゆったりとした生活環境。もちろん情勢もあるので、100%安全とは言えませんが(街中には普通に薬物中毒者の方やホームレスの方もいます)、それでも風がゆっくり吹き抜ける昼過ぎのゆるやかな時間を過ごしていると、本当に不思議に思います。
「この景色、前に見たことあったかな?」と。
小さな頃、田舎で過ごした夏休みの午後。19歳の頃、旅先で過ごした何気ない時間。
自分のレールが定まっておらず、ただそこにいることを感じて、未来に希望を抱いている瞬間。そんな感覚を久々に思い出しました。
東京にいると、目標やルーティンをこなすことに意固地になっている自分もいたなと思います。それがそこでの存在理由だったり、自分を支えているものでもありました。
でもどうでしょう?ここにいると自分は白紙だらけだということに気づきます。
まだ見てない景色、まだ見てないカルチャー、まだ見てない自分、まだ見てない未来がたくさん転がっているように感じるのです。
私たちは、忙しくて余裕がなかったり自分の心の苦しさに「余白を作ろう」と言っていることが多くあると思います。それは苦しさを軽減するための空白を欲している欲望からの言動です。
でも本来の余白とは、「何もない」ことがそのまま横たわっていて、それを見つけるという純粋な現象のことかもしれません。その余白をどう扱うかはその人の心次第です。
赤ん坊の時には自然と見つけていた白紙の状態を、海外でまた見つけた気がします。
また、お手紙書きますね。
すでに登録済みの方は こちら